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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)6873号 判決

原告

野村冨士松

被告

日本ビルサービス株式会社

右代表者代表取締役

川津静子

右訴訟代理人弁護士

上西裕久

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三四万二〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年五月二六日、天満公共職業安定所の紹介状を持参して、大阪市淀川区宮原四丁目四番五〇号所在の真柄ビル八階にある被告の事務所へ採用面接に赴き、被告の委任を受けた川津仁昭と面接のうえ、同日、日給四〇〇〇円の約で右ビルの設備管理係員として被告に雇用され五月二九日から就労することとなった。

2  原告は、昭和五六年五月二九日午前九時より前記真柄ビルの設備管理係員として仕事に就き、同ビル内の各テナントの各室を点検巡回して午前中の作業を終え、同日午後一時過ぎから再度同ビル内各テナントの巡回作業に就いたが、その作業中、同ビル地下一階にある理髪店の入口に設けられた階段を踏みはずして同階段から階段下の通路に転落し、そのため左足首捻挫の傷害を受けた(以下、本件負傷事故ともいう)。

3  原告は、右受傷の療養のため受傷の日である昭和五六年五月二九日から同年七月二四日までの五六日間全く労働することができない状態にあった。

ところで、原告は被告に対し、右受傷につき労働者災害補償保険法(以下、労災保険法という)に基づく各種給付請求の手続に必要な書類の作成を求めたが、被告はこれに応じず、そのため原告は労災保険法上の休業補償給付を求める手続を履践しえないでいる。

よって、原告は被告に対し、労働基準法七六条に基づき本件受傷による療養のため労働することができなかった前記五六日間につき休業補償の請求権を有するところ、その額は二二万四〇〇〇円(四〇〇〇円×五六日)となる。

4  また、右のとおり、原告は業務上負傷したため被告に対し労災保険法に基づく休業補償給付請求の手続に心要な書類の作成を求めたが、被告は不法にもこれに応じず、そのため原告は労災保険法による休業補償の給付を受けることができない。よって、原告は被告に対し、民法七〇九条に基づき、前項の休業補償額二二万四〇〇〇円相当額の損害賠償請求債権を有する。

5  被告の委任を受けた前記川津仁昭は、前記昭和五六年五月二九日から約一週間の後、自宅療養待機中の原告に対し、解雇予告手当を提供することなく電話にて一方的に原告を即時解雇する旨の意思表示をした。ところで、即時解雇をするには解雇予告手当として三〇日分の平均賃金を支払わねばならないところ、原告の賃金は、前記のとおり日給四〇〇〇円であるから、原告が支払いを受くべき解雇予告手当は一二万円(四〇〇〇円×三〇日)となる。

6  よって、原告は被告に対し、労働基準法七六条に基づき休業補償として、あるいは民法七〇九条に基づき休業補償相当の損害賠償金として二二万四〇〇〇円、及び解雇予告手当一二万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否等

1(一)  請求原因1のうち、原告が昭和五六年五月二六日に原告主張の被告事務所へ採用面接のため訪れ、川津仁昭に会ったことは認めるが、その余の点は否認する。原被告間には雇用契約は成立していない。

(二)  同2のうち、原告が昭和五六年五月二九日に被告事務所を訪れたことは認めるが、その余の点は否認する。原告は右当日採用面接に出頭したものであるが、被告代表者が出社する以前に帰ってしまい、面接は勿論、採用決定などされなかった。したがって、採用していない原告を就業させる訳がない。

(三)  同3のうち、原告が被告に対し労基法七六条に基づき休業補償請求権を有するとの点は争い、その余の点は不知。

(四)  同4は争う。

(五)  同5は否認する。

(六)  同6は争う。

2  仮に、原被告間に雇用関係が成立していたとしても、本件負傷事故の原因は、原告の主張によっても原告が真柄ビル地下の散髪屋の階段から落ちたということであり、専ら原告の過失によるもので、被告には何ら過失はなく、したがって、本件負傷による原告の休業は病気等自己都合による休職であり、被告には給与の支払義務はなく、かような場合には労災保険法一四条の休業補償給付で処理されるべきものである。

第三証拠(略)

理由

一  原告は、原被告間の雇用関係の成立を前提として、労基法七六条に基づく休業補償あるいは民法七〇九条に基づく損害賠償、及び解雇予告手当を請求するところ、右雇用関係の成立につき争いがあるので、まずこの点につき判断する。

1  原告が昭和五六年五月二六日に大阪市淀川区宮原四丁目四番五〇号所在の真柄ビル八階にある被告の事務所へ採用面接のために赴き、川津仁昭と会ったこと、原告が同月二九日再度右事務所へ赴いたことは当事者間に争いがない。そして、右争いのない事実に、成立に争いのない(書証・人証略)によると、原被告間の雇用関係の成立を推測させる事情として一応次の事実が認められる。

すなわち、(1)原告は、天満公共職業安定所を通じ被告が募集していたボイラーや空調設備の技師見習いに応募するため、昭和五六年五月二六日、右職安の紹介状と原告が右職安に提出するため記載した履歴書(書証略)を持参して前記真柄ビル八階にある被告の事務所に赴いたこと、(2)そして、そこにおいて原告は、当時被告代表者の夫であり、以前被告代表者をしていたこともある被告の従業員川津仁昭に面接して右紹介状等を提出したこと、(3)原告は、同年五月二九日午前八時頃再び被告事務所へ赴き、被告の従業員了井某の指示で被告の作業服に着替えたうえ、被告の従業員藤原美鶴に本日から入社することになった者である旨紹介された後、右藤原の指示に従って、同人と共に真柄ビル内の各階を一通り見て回り、その後同日の午前中、右藤原の指示で一人で同ビル内を巡回したこと、(4)前記川津仁昭は、後日、原告主張の本件負傷事故に関し、原告から「療養補償給付たる療養の給付請求書」に、原告が被告の従業員であって、その就業中に負傷したものである旨を記載するよう要求されて、その旨記載したこと、以上の事実が認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は証人藤原美鶴の証言に照らして措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。

また、原告本人尋問の結果中には、請求原因1、2、5の主張事実に副う趣旨の供述がある。

2  しかしながら、他方、証人川津仁昭の証言、被告代表者本人尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

すなわち、(1)被告は、従業員一五名程の小規模な会社で、従業員の採用や退職については被告代表者が決定することになっていて、川津仁昭には従業員の採用等について実質的にも決定する権限はなかったこと、(2)被告代表者は、前記五月二六日に前記了井某から、職安の紹介で原告が採用面接に被告事務所に来たが、同月二九日にもう一度事務所へ来てもらうことにしたので、その時に事務所へ出て来て欲しい旨連絡を受け、二九日に原告と面接することに決めたこと、(3)被告代表者は、右二九日に連絡を受けて同日の昼頃被告事務所へ行ったが、原告は既に帰った後で、結局、被告代表者は原告と面接することがなかった、(4)そして、被告代表者は原告が提出した前記履歴書(書証略)を見たが、その免許・資格欄が空白であったので、被告が募集し採用基準としていたボイラーについて有資格者であることと空調の経験であることに照らして、原告の採用を不適当と考え、前記了井に命じて職安に原告不採用の通知をさせ以後今日まで、本件負傷事故に関する労働基準監督署の調査等に対しても、終始一貫して原告不採用を強く主張してきている、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右認定の事実に照らして考えると、前記五月二六日に原告と面接した川津仁昭が原告を日給四〇〇〇円の約束で採用する旨言い、二九日から勤務につくと合意した旨の原告本人の供述は、にわかに採用し難く、また、川津仁昭が「療養補償給付たる療養の給付請求書」に原告が被告の従業員である旨の記載をしたこと前記のとおりであるが、(人証略)によれば、これは、労働基準監督署の方から原告のために書いてやって欲しい旨頼まれ、書いても被告の不利益にならず、原告の利益になることならと安易に考え記載したものであることが認められ、この事実に照らすと、右「療養補償給付たる療養の給付請求書」の記載をもって直ちに原被告間の雇用関係成立の証左とはなし得ない。さらに、一般に採用予定者が採用後に就く仕事内容について事前に説明を受け、実地に仕事を体験し、また、雇用主も、採用予定者との面接だけではなくして、実際の仕事振り等を見て最終的に採用・不採用を決定することは、従業員の採用手続において通常なされることであって、したがって、前記の如く原告が了井某の指示で被告の作業服を着用し、藤原と共に、あるいは一人で真柄ビル内を巡回したからといって、このことから直ちに原被告間の雇用関係が成立したとは言えず、却って、前掲2で認定の事実に加えて(人証略)を総合すると、了井某が原告に対し作業服に着替えさせ、藤原と一緒に右ビル内を巡回させたのは、原告が採用されるであろうことを前提として、原告面接のため被告代表者が出社してくるまでの間、事前に、原告に仕事内容を憶えてもらう意図であったことが窺われる。

4  以上検討したとおりとすると、前記1の認定事実をもって原被告間の雇用関係を認めるに未だ十分とはいえず、また、右雇用関係が成立した旨の主張に副う原告本人尋問の結果はにわかに採用し難いこと前記のとおりであって、他に原被告間に雇用関係が成立したと認めるに足りる証拠はない。

二  以上のとおり原被告間に雇用関係が成立したと認められない以上、雇用関係の成立を前提とする原告主張の労基法七六条に基づく休業補償請求や解雇予告手当の請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  また、原告は、原告が被告に対し労災保険法に基づく休業補償給付の手続に必要な書類の作成提出を求めたのに、被告が不法にこれを拒否したため、原告は、労災保険法による休業補償の給付を受けられず、そのため休業補償額相当の損害を被った旨主張するが、しかし、前示のとおり原被告間に雇用関係の成立が認められない以上、原告主張のとおり被告がその必要書類の作成提出を拒否したとしても、これをもって違法な行為とはなしえないし、また、そのために原告が休業補償の給付を受けられないとしても、そのことにより原告が被る損害を被告が賠償すべき筋合いのものでもない。その他、本件負傷事故に関し、原告が被ったと主張する損害を被告が賠償しなければならない法律上の根拠やそれを裏付ける証拠も見当らない。

よって、民法七〇九条に基づき休業補償相当の損害賠償を求める原告の請求も理由がない。

四  以上のとおりとすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 千川原則雄)

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